公開日:2009.10.16
戦跡を訪ねた
戦跡を訪ねた
ずいぶん、更新の間隔が空いてしまった。申し訳ありません。
先月、妻が2週間の日程でヤップに滞在しました。
初日と二日目以外全て雨で、更に最終日には台風到来という何ともなぐさめようのない天候で、
妻が来てしばらくは「雨女、雨女」とからかってましたが、だんだん洒落にならなくなりました。
そんな、数少ない晴れた日である初日、地元のガイドさんにお願いして、ヤップ島内の観光を行いました。
ヤップの近史
ヤップには、第二次世界大戦で旧日本軍が残していった高射砲や戦闘機などの戦跡が数多く存在します。
以前にも書いたような気がしますが、第一次世界大戦終了から第二次世界大戦終了までの間、
ヤップは日本に統治され、その後、アメリカに統治され、
1986年、周辺の島々とともにミクロネシア連邦として独立しました。
日本の前はドイツ、ドイツの前はスペインに統治された複雑な歴史を持っていて、
ドイツ時代に作られた物も数多く残っていて、実は僕の勤める州政府ビルの石垣もドイツ時代に作られたものだそうです。

ドイツ時代に作られた通信塔。相当、高かったらしいですが、第二次世界大戦で爆撃の対象になって壊されたそうです。

高射砲。錆びて鉄の塊と化してます。これでアメリカの戦闘機を狙ったそうです。当たるんかいな???
ヤップの戦跡
午前中、そんな戦跡の数々を見せていただきました。
ヤップには、今は使っていない古い空港があって、戦跡はその周りに集中しています。

戦闘機。ゼロ戦ではなく、5人か6人乗りの爆撃機だそうです。

防空壕。幅はありませんが、かなり奥まで掘られていて、壁はコンクリートで固められています。
どの戦跡も、見やすいように周囲の草を刈ってはありますが、基本的に破棄されたまま朽ちるにまかせていて、
その光景がとても不思議な迫力を与えてました。森を分け入ってゆくと突然、佇んでいる。
でもとても静かで思わず見入ってしまった。
結局、幸いなことにアメリカ軍が上陸して日本軍とヤップ島で戦うことはなかったそうですが(空爆はあった)、
当時、日本軍はヤップの人を使って、木を伐らせたり、穴を掘らせたり、病院や学校を作らせたりした。
その学校で学んだヤップのお年寄りの中には、日本語を喋れる方がいて、
その方々は日本のことを「内地」と呼ぶ。。。
そういう歴史の一切を知らずにヤップ島に来た自分がちょっと恥ずかしかったりもする。
