青年海外協力隊として、ミクロネシアのヤップ島に派遣中社員の日記。
インフォニック、ヤップ支社長を僭称しつつ活動中。

※僭称:勝手に身分を越えて上の称号を自称すること(広辞苑より)

公開日:2009.12.10

ルムング島

ルムング島について

以前にも少し紹介させていただきましたが、ヤップ島は4つの島から出来ている。
ヤップ本島と僕のステイ先にのあるトミール・ガギール島と、
その北に位置するマープ島、そして最北に位置するルムング島です。
ヤップ、トミール・ガギール、マープは橋があって、それぞれ自由に行き来できるが、
ルムング島は橋もなく、村人以外の立ち入りを禁止している異色の島です。
勝手に立ち入ると「怒られる」だけでは済みません。多分。
船がないと渡れへんし、そんな簡単に立ち入らへんけど。。。
以前、僕らがヤップに着任した時に、ヤップ語を教えて下さったテッド先生とチェン先生
(お二人共、州議会の議員さん)が実はルムング島出身で、
先日、何と協力隊のメンバーを船でルムング島へ連れて行って下さいました。
我々協力隊のメンバーにとっては『ついにあのルムングへ!!』です。

村へ

朝、ヤップの中心地コロニアの港を、チェン先生のボートで出発。
45分ほどでルムング島のビーチへ到着。素晴らしくきれいなビーチです。

このビーチのあたりには村がなく、人も滅多に来ないそうで、ここで一泳ぎして、
おいしいバーベキューをいただいたあと、テッド先生の案内で島の様子を見せていただきました。
実は、ルムング島にはヤップで1番大きいストーンマネーがあって、
それを見せていただきたいとお願いしたのです。
巨大ストーンマネーまでの道程は、先生のお話によると徒歩30分とのことでしたが、
何と片道1時間半かかってしまった。
しかも海岸の岩場やあまり切り開かれていない山道など中々に険しい道のり。
地元の人やったら30分でたどり着くんやろか?
結構がんばって歩いたつもりやけど。。。

やがて、かつてテッヅ先生が住んでいた村に到着します。
大味に敷き詰められた石畳の道、朽ちて尚、ずらりと並ぶストーンマネー、
重たく佇む村の集会所建物、でも人の気配はしない、、、まるで遠い昔に放棄された遺跡みたい。
ありきたりな表現やけど神秘的。
テッド先生のお話によると、この村も住人が30人以下まで減ったそうです。
やっぱり人は便利な土地に移ってしまうんやな。

しばらく、テッド先生の村で休んだあと、更に奥の別の村にある巨大ストーマネーを目指します。
実は、写真が撮れるのはこの村まで。
ここから先の村々は、テッド先生の村ではないため、写真を撮る許可は得られない。
異国の人間が立ち入るだけでも大変なことなのです。
現に道に座って、雑談していた別の村の人たちが、向こうから歩いてくる僕らを見つけて隠れてしまった。
だから、巨大ストーンマネーの写真もない。残念やけどしょうがない。

そのストーンマネー、やっぱりでかかった。
ビードルナッツの林の奥に重たく鎮座している、、、5メートル四方ぐらいはあるでしょうか。
山深い場所にある神社の神秘さに似ている雰囲気もある。
一体どうやって運んだのか、とても不思議です。
因みに、ヤップで1番目、2番目、3番目に大きいストーンマネーがこのルムング島にあります
(4番目、5番目は、テッド先生のお話よると、僕のステイ先のあるワンヤン村の双子のストーンマネー。
以前の記事で写真をアップしたことがあると、、、思う)。

ルムング島のお地蔵さん

そして、その後、別ルートでボートのある浜まで帰る途中、テッド先生がこんな場所に案内してくれた。

見ての通り、お地蔵さん。
第二次世界大戦中、日本の兵士が同じ同胞の飛行機を撃墜してしまったという痛ましい出来事があって、
その同胞のために作られたものだそうです。
戦争が終わって、何十年かのち、その撃墜してしまった元兵士の方がここを訪れられたことがあって、
テッド先生も一緒に立ち会われたそうです。
元兵士の方はとても長い時間、泣いておられたそうです。
ヤップでも、こんな戦時中の悲しい話をちょくちょく聞く。

それにしても素晴らしい一日だった。
テッド先生とチェン先生に感謝。
企画してくれた協力隊のメンバーにも感謝。